1999年に神奈川県で起こった玄倉川水難事故から20年。2019年に大分県で同じような事故が報じられました。
ここでは、「DQNの川流れ」と呼ばれている玄倉川水難事故の生き残りの現在についてまとめています。
一体なぜ、「DQNの川流れ」などと呼ばれているのでしょうか。
時系列ごとに詳しくまとめているので、2019年に再び起こった事故と比較してご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/目次
【DQNの川流れ】玄倉川水難事故とは?
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「DQNの川流れ」こと玄倉川水難事故は、1999年8月に神奈川県の玄倉川で起こり、13人が死亡した事故。
大雨による増水に流されてしまい、救助は間に合わず助かったのは5人のみでした。
この玄倉川水難事故について、時系列でご紹介します。
【DQNの川流れ】1999年8月13日
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1999年8月13日、15時頃から降水が始まります。
当時はお盆休みの時期だったため、水難事故に遭ったグループを含み6箇所にテントが張られていました。
そして15時20分頃、ダムの管理職員が巡視を行い、テントを張っているグループに水位上昇と増水を警告。
避難を促したため、大部分のグループは避難していきました。
しかし水難事故に遭ったグループは、避難勧告を無視していたようです。
同日16時50分、神奈川県全域に大雨洪水注意報を発表。
19時ごろにはさらに雨が強くなり、事故現場から5km上流の玄倉ダムでは放流予告のサイレンを鳴らしていました。
20時ごろ、再びダムの管理職員が2回目の巡視で避難勧告。
これも一行は拒否したため、警察に通報しました。
その後は警察官も避難勧告しましたが、「大丈夫」という反応でこの警告も拒否。
そして翌日、起こるべくして事故が起こってしまいます。
【DQNの川流れ】1999年8月14日
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8月14日の朝5時頃、雨はさらに激しくなり、神奈川県全域に大雨洪水警報が発令。
前夜に撤収していた一行のメンバーが避難を呼びかけましたが、それも拒否していたようです。
6時35分頃、豪雨の増水に伴い、貯水機能のないダムは本格的に放流を開始。
1時間後には警察官もテントに近づき避難を呼びかけましたが、反応がなかったため警察官は現場から離れました。
さらに8時4分、本格的な暴風雨になったため、前夜に撤収していたメンバーが119番に救助を要請。
8時30分には水位が1mほどになっており、大人でも危険なレベルで自力での退避は不可能な状態になります。
9時7分には救助隊が現場に駆けつけますが、もちろん激しい水流で救助を断念。
救助のヘリコプターも熱帯低気圧による強風で、二次災害が懸念され断念されてしまいました。
救助隊は救助用リードロープなどで救助を試みますが、なかなか成功しません。
11時38分には水深が2m近くになり、水位は胸まで到達。18人全員が濁流に流されてしまいました。
また、流されていた伯父がとっさに1歳の男児を岸に向かって放り投げ救出。
運良く男児の父親と姉を含む大人3名、子供1名も岸にたどり着き救出されました。
しかし残り13名は、濁流に飲まれ滝に落下。翌日から捜索が始まりました。
【DQNの川流れ】1999年8月15日
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8月15日の朝7時、警察や消防・自衛隊が340人体制で捜索を開始。
午後に2名を遺体で発見しましたが、大雨でダムまで流れた大木などの浮遊物が多く、捜索は困難でした。
その後は、近くの消防や救助隊・地元自治体も捜索活動に参加しています。
【DQNの川流れ】1999年8月29日
https://www.nicovideo.jp/捜索活動を開始してから2週間。この時には打ち切り直前でしたが、1名の1歳女児が見つかっていませんでした。
しかし8月29日、最後まで行方不明だった1歳女児の遺体が発見。
13名全員の遺体が収容され、事件は幕を降ろしました。
そして「DQNの川流れ」と呼ばれる玄倉川水難事故から20年後の2019年8月14日、再び同じような事故が起こりました。
【DQNの川流れ】20年後に大分県で再び...
https://matome.naver.jp/odai/https://girlynews.net/ba-bekyu-18
2019年8月14日、玄倉川水難事故からちょうど20年後に、再び同じ状況の事故が起こりました。
14日午後4時35分ごろ、玖珠町日出生の大谷渓谷付近で、レジャー客の女性から「車が水没して動けなくなった」と119番通報があった。県などによると、台風10号による雨で川が増水し、乳幼児を含む男女18人が孤立した。
県警や日田玖珠広域消防本部などによると、孤立したのは佐賀県から来た未成年11人と34~42歳の7人とみられる。知人グループで生後5カ月の女児や小中学生も含まれているもよう。
大分地方気象台によると、玖珠町は同日午前3時から午後4時半までに21・5ミリの雨が降った。当時、雷、強風注意報を出し、急な天候の変化に警戒するよう呼び掛けていた。
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2019/08/15/021404242
大分県玖珠町日出生の大谷渓谷で、「車が水没して動かなくなった。助けてほしい」と119番通報がありました。
全員車から降りて、比較高い場所で避難。幸い死者は出ておらず救出されました。
ネット上では「DQNの川流れの再来」と呼ばれており、時期がちょうど20年だったため話題になっています。
次のページでは、玄倉川水難事故が「DQNの川流れ」と呼ばれている理由についてまとめてみました。