2019年5月1日から新しい元号に変わり、皇后となられた雅子さま。
1993年6月9日に元皇太子(今上天皇)とご結婚され、英語など語学が堪能でいらっしゃる皇后・雅子さまには大きな期待が寄せられていたそうです。
しかし、2003年頃から体調を崩され、ご公務を休まれる事が多くなり「適応障害」と発表されました。
今回は皇后・雅子さまの現在の病状や原因などについてまとめてみました。
https://jisin.jp/domestic/1732195/目次
皇后・雅子さまのプロフィール
https://bunshun.jp/articles/-/11603旧名 | 小和田雅子(おわだまさこ) |
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生年月日 | 1963年12月9日(60歳) |
出身地 | 東京都 |
結婚 | 1993年6月9日 |
配偶者 | 徳仁(今上天皇) |
子女 | 敬宮愛子内親王 |
Wikipedia | https://ja.wikipedia.org/wiki/皇后雅子 |
皇后・雅子さまの生い立ちや経歴
http://meiyouwenti.net/1541/1963年12月9日に日本の外交官である小和田恆(おわだひさし)さんの長女として誕生されました。1歳の頃からソビエト連邦・モスクワ市で過ごし、ロシア語もすぐに上達したそうです。
1968年には父親が“国際連合日本政府代表部一等書記官”に就任した為、アメリカのニューヨーク市に渡りました。
約3年間過ごした後、1971年に日本に帰国。当初は目黒区や新宿区にある小学校に編入しましたが、塾に通い編入試験を受ける為1年間勉強したそうです。
1972年4月から田園調布雙葉小学校の3年生に編入学しました。そのまま同高校に進学しましたが、父親の仕事の都合により、再びアメリカで過ごす事になったそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=insqTioyuu4ハイスクールではソフトボール部に所属し『最優等学生』として運動も勉学も優秀でした。
1981年に名門ハーバード大学経済学部に入学。在学中はドイツやフランスに留学し、語学を特訓していたそうです。1985年にハーバード大学を成績優秀者として卒業し、日本に帰国後『東京大学法学部』の3学年に外部学士入学しました。
父親と同じ外交官を志し、1986年10月に『外務公務員採用一種試験』に合格し、外務省へ入省が決まりました。
https://www.nippon.com/ja/news/fnn20190212001/この頃には“お妃候補”として報道され、マスコミが押しかける騒ぎになっています。外務省での勤務は激務だったそうですが、語学力を生かして幅広く活躍していました。
皇后・雅子さまは適応障害だった
http://aqua-journal.com/4697.html2003年12月に突然入院されて以来、“ご病気”と闘ってきた雅子さま。
医師団が公表した病名は「適応障害」。
鬱々とした雰囲気で迎えた7月、
宮内庁は雅子さまが「適応障害」であることを発表し、
精神科医の大野裕医師が主治医として治療を担うことになった。
雅子さまの病気は実は「産後うつ」ではなかったかと指摘する精神科医の片田珠美さんは、
その時期の雅子さまは、すさまじい重圧にさらされていたと指摘する。
https://www.news-postseven.com/archives/20181010_776434.html
2003年12月3日に“帯状疱疹”を発症され、休養された皇后・雅子さま。ご公務を休む事も多くなり、様々な報道が流れました。
翌年、宮内庁は『適応障害』と発表し、病気療養に入られています。
ストレスが原因となる精神障害の一種で、うつ気分や不安症状を伴うそうです。適応障害は自然軽快することも多いそうで、治療法としては“心理療法”が推奨されています。
ストレスが原因とされているので、そのストレスが除去されれば症状は改善される可能性が高いそうです。
皇后・雅子さまは現在も治療中との事ですが、どのような病状なのでしょうか。
皇后・雅子さまの病状と現在
https://blogos.com/article/361268/皇后・雅子さまは、病気療養に専念されるようになって以来“記者会見”は行っておらず、一部では『ご病状が悪化しているのではないか』と報じられています。
皇后・雅子さまは回復傾向にあるものの、ご公務や会見などはご欠席されておられます。
一般人から皇室という別の世界に嫁がれた皇后・雅子さま。その重圧は大きなものだったのかもしれません。
新しい皇后となられた今現在、元皇太子さまが天皇に即位される前のお誕生日会見で皇后・雅子さまのご病状について次のようにお言葉を述べられました。
http://www.news24.jp/articles/2019/02/23/07417934.html雅子はこの一年も、体調に気をつけながら、公私にわたり出来る限りの務めを果たそうと、
種々の工夫を凝らしつつ、一生懸命に努力を積み重ねてきております。
そうした努力の結果、昨年12月の誕生日に際しての感想の中でも述べております通り、
活動の幅が少しずつではありますが、
着実に広がってきていることを、本人も嬉しく思っておりますし、私もともに嬉しく思います。
その過程では、訪問先などで多くの方々から笑顔で温かく迎えていただいたことは、
雅子にとって本当に大きな支えとなっておりました。
私も雅子とともに、あらためて国民の皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
一方で、着実に回復してきているとはいえ、依然としてその途上にあり、
体調には波もありますので、雅子には引き続き焦ることなく、
少しずつ活動の幅を広げていって欲しいと願っております。
今後は自身の置かれる立場が変わることで、公務も多くなる中、
一朝一夕にすべてをこなせるようになるわけではないと思いますが、
雅子は、これからも体調に気をつけながら、回復を目指してさらに努力を重ねていくと思いますので、
国民の皆様には引き続き回復を温かく見守っていただければと思います。
雅子にはこれまで、私や愛子のことにもいろいろとよく心を配り、
私の活動を支えてきてくれています、
私も出来る限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190223-00010001-wordleafv-soci