9月30日投開票の沖縄県知事選挙で辺野古移設に反対する前衆院議員玉城デニー氏(58)が初当選したことが明らかになりました。

この記事では玉城氏についてや知事選についてまとめていきます。

TOP画像引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180930-00000029-sasahi-pol

 

「翁長は命がけでした…」妻・翁長樹子が語る

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/307620
8月8日に亡くなった前知事の翁長雄志さんの妻の樹子さん(62)は、沖縄タイムスのインタビューに、
名護市辺野古の新基地建設問題に関する前知事の思いなどを明かした。

翁長雄志は命がけでした。
他の人にはなぜそこまでするのか、と理解できないかもしれません。
政治家として自分に何ができるかを追い求めてきた人です。

若い頃は何を考えているのか、何をやりたいのか、分からないこともありましたが、亡くなって初めて思うんです。
ずっとつながっている。
沖縄のことを思い、沖縄の人たちの心を一つにしたかったんだと。

本人は亡くなる直前に言ったんです。
辺野古問題で悩むことが多かったでしょ。

「人がどう言うか、分からない。人がどう評価するか、分からない。でも、知っていてほしい。
僕は精いっぱいやったんだ。これ以上できない、それでも足りないだろうか。僕の力がそこまでだったんだろうか」と。

私が「ウチナーンチュだったらきっと分かるはずよ」と言ったんですよ。

そしたら、翁長は静かに笑ってました。

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/307620

8月8日に前知事の翁長雄志氏が膵臓がんで亡くなりましたが、妻の樹子さんがその後翁長氏と話したことや、壮絶な最後を語りました。

翁長氏は病が進行し、どんなに辛い体調であっても、ほとんど弱音は吐かなかったのだそうです。

翁長氏は最後に入院した時、一度だけ「苦しい」と言ったことがあったと樹子さんは語ります。

それが病室で車椅子に乗ろうとした時に、樹子さんが支えていたバランスを崩して二人で転んでしまった時だったそうです。

翁長氏はその時に一度だけ、樹子さんにもたれかかるようにして「苦しい」と言ったのだそうです。

『最後まで周りに気を遣うお父さんだった』と語る樹子さん、翁長氏が命がけで沖縄を思う日々を常に支え続けていました。

 

台風直撃、最終日は街頭演説できず…

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180929-00005679-weather-soci
台風の暴風雨が知事選最終盤の沖縄を直撃。
選挙活動最終日の二十九日、候補者らは事実上の活動自粛を強いられた。

街頭演説で都市部の無党派層の支持拡大を図る構えだった陣営は冷や水を浴びせられた形で、
幹部は「こんな選挙戦は前代未聞だ」と対応に追われた。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201809/CK2018093002000154.html

翁長雄志氏の死去に伴い、沖縄知事選は当初の予定より1ヶ月近く前倒しになる形に変更されました。

しかし、開票日の30日は台風24号の存在が以前から警戒されていて、沖縄は前日の29日時点で接近、大荒れの天候となりました。

これにより半数以上の自治体が期日前投票を中止するなどの大きな影響がでましたが、その一方で期日前投票者数は過去最高の40万超に上り、全有権者の35%という記録を出していました。

 

沖縄知事選で玉城デニーが初当選!

https://dot.asahi.com/dot/2018093000031.html