2017年12月4日・5日に行われた竜王戦第5局で挑戦者の羽生善治棋聖が勝ち、4-1で渡辺明から竜王のタイトルを奪取しました。

これにより、羽生善治棋聖は永世七冠を達成しました。将棋界で初の快挙。将棋界歴代1位の通算タイトル獲得数は99期となり、大台の100期まであと1期となりました。

永世七冠を達成した羽生善治さんの嫁・羽生理恵(旧姓:畠田)さんのアヒルアイコンのツイッターにハマる人が続出して話題になったのをご存知ですか?

羽生善治さんと羽生理恵さんの馴れ初めや羽生理恵さんの話題になったツイッターについてまとめました。

画像引用元:http://aikru.com/archives/2057

羽生善治(はぶ よしはる)のプロフィール

https://grapee.jp/226412
  
本名羽生 善治(はぶ よしはる)
生年月日1970年9月27日 (47歳)
出身地埼玉県所沢市
職業将棋のプロ棋士
wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/羽生善治

通算勝率7割を超える将棋界のスーパースター。

1985年15歳で史上3人目の中学生棋士としてデビュー。

1989年19歳の若さで竜王戦に登場し、タイトルを奪取。19歳2ヶ月でのタイトル獲得は当時最年少記録でした。(のちに屋敷伸之さんが18歳6ヶ月で棋聖のタイトルを獲得。)

1996年2月14日、将棋界で初の7タイトル独占を達成。(2017年より叡王戦がタイトル戦に昇格し、8大タイトルになっています。)

2007年12月20日、史上8人目の通算1000勝(特別将棋栄誉賞)を史上最年少、最速、最高勝率で達成。

2017年12月5日、初の永世七冠(永世竜王、十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世棋聖、永世王将)を達成。今年から新しくタイトル戦に昇格した叡王戦は、現時点で永世称号の規定がないため全てのタイトルで永世称号を獲得したことになります。



 

タイトル獲得するだけでも凄い!

タイトル戦とは、トーナメントもしくはリーグ戦で勝ち残った1名とタイトル保持者が戦います。

そのため、将棋の棋士でタイトル戦に登場出来る人は極わずかの一握りだけ。大体が、トップレベルの将棋棋士でタイトル戦を争っています。

1995年頃からは羽生世代と呼ばれるトップ棋士数人を中心にタイトル戦の凌ぎを削っていました。

 

永世称号とは?

永世称号獲得の条件はタイトルによってさまざまですが、連続5期や通算10期など、とても難しい条件となっています。1期獲得するだけでも非常に難しいタイトル戦を、何度も獲得して永世称号を1つでも獲得できた将棋棋士は、今まででわずか8人しかいません

竜王戦は連続5期、または通算7期で永世竜王の資格を獲得できます。羽生善治さんは通算7期の条件を満たして永世竜王の資格を獲得しました。

 

3度目の挑戦で永世竜王獲得

羽生善治さんは2008年に残る1つ(当時)の永世称号獲得をかけ、第21期竜王戦で渡辺竜王への挑戦権を得ました。

第21期竜王戦は羽生善治さんが開幕から3連勝として永世竜王獲得まで後一歩というところまで追い詰めましたが、その後、将棋界初の3連勝後4連敗を喫して永世竜王獲得を逃しました。

2010年に行われた第23期竜王戦でも羽生善治さんは挑戦者の権利を得て、渡辺竜王に挑戦しますが4-2で破れてしまいます。

竜王戦の挑戦者から遠ざかっていた羽生善治さんですが、2017年の第30期竜王戦で7年ぶりに竜王戦挑戦者になりました。3-1で迎えた第5局目で渡辺明から竜王を奪取しました。

永世竜王まであと1期と迫ってから、3度目の挑戦で永世竜王の資格を獲得しました。

 

藤井四段・加藤一二三九段から祝福の言葉

将棋界史上初の快挙に、多くの将棋棋士の方からも祝福のコメントが届いています。

■藤井聡太四段

 「竜王奪取そして永世七冠の獲得、おめでとうございます。『永世7冠』という言葉の重みに羽生先生が積み上げてこられたものの大きさを改めて感じています。今後ますますのご活躍を期待しています。

■加藤一二三九段

 「覇者として将棋界を牽引し続けて30余年。類い稀なる才能をたゆまぬ努力により開花させた羽生さんが、ついに前人未踏の金字塔を打ち立てられたことに最大限の賛辞を送りたいと思います。今後の活躍を益々楽しみにしております」

http://news.livedoor.com/article/detail/13986143/

 

畠田理恵(はただ りえ)のプロフィール

http://aikru.com/archives/2057   
本名羽生 理恵(はぶ りえ)
生年月日1970年11月10日(47歳)
出身地大阪府堺市
職業元歌手、元女優
wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/畠田理恵

畠田理恵さんは、芸能界でアイドルや女優として活躍されていた方です。

1996年3月28日、将棋棋士の羽生善治さんと結婚して芸能活動を引退。1997年7月に第一子となる女児、1999年11月には第二子となる女児を出産しました。

 

羽生善治と畠田理恵の馴れ初め

実は当初のゲスト予定は畑正憲氏であった。動物好きの理恵さんは、最終回ゲストに熱望していたらしいが、急に畑正憲氏サイドから中止の申し入れがあり、羽生に白羽の矢が立った訳である。もし、このゲスト交代はなければ、羽生と理恵さんは出会わないのだから、運命とは分からないものだ。そして、その後に理恵さんの舞台を見る機会が縁で、付き合いはスタート。ふたりは時を重ねるにつれ、互いにどちらからともなく、愛を育みながら結ばれていく。結婚も自然な流れであったという。

https://shogipenclublog.com/blog/2016/10/20/habu-73/

畠田理恵さんが羽生善治さんと出会ったのは1994年。

畠田理恵さんは雑誌「はつらつ」の対談コーナーを持っていて、動物好きの畠田理恵さんは最終回のゲストとしてムツゴロウさん(畑正憲)を熱望していましたが、ムツゴロウさんが体調を崩してしまい、最終回のゲストに呼ばれたのが将棋棋士の羽生善治さんでした。

この対談は1994年9月に行われ、1995年7月28日に結婚発表をしています。1年にも満たない交際期間での結婚だったようです。

 

羽生理恵(はぶ りえ)のツイッターがハマると話題に